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2005年12月号

SEMIジャパン
代表
熊谷 多賀史氏

 SEMICON Japan 2005が12月7〜9日、幕張メッセにて開催される。SEMICONは、半導体製造装置・材料メーカーが一堂に集結する国際的な展示会であり、米国におけるSEMICON Westの他、欧州、中国、台湾、シンガポールと1年を通じ世界各地で開催されている。SEMICON Japanは、その中でも米国をしのぎ世界最大のSEMICONへと成長した。2005年7月にSEMIジャパン代表に就任した熊谷氏にSEMICON Japanに向けて、そして半導体製造装置産業の向かう未来について話を聞いた。
* * * *
Semiconductor International日本版(以下SIJ):2005年の半導体市場は?
熊谷:思ったほど悪くなかったというのが業界全体の見方だ。言われていたほどの落ち込みはなく、2006年も堅実に伸びると考えている。
SIJ:今までのSiサイクルとは違う?
熊谷:メカニズムが変わったかは分からない。しかし、日本の半導体メーカーを含めて、設備投資に対する考え方が成熟してきたとは言える。一頃は先端技術を先取りして投資しなければ勝てないという状況があった。それよりは極端に抑えたり、極端に集中させたりせず、必要なものを必要な時に行うという傾向にある。投資戦略は学習効果がでてきており、変化を鈍らせる方向に向かった。半導体需要は多彩になっていくことはあっても絞り込まれることはない。最終製品の種類は増加しており、必要なモノを必要な時に作る、または、量が必要なものには増産するために投資する、この2つの方向に進んでいる。Siサイクルを助長するような傾向はなくなってきた。
SIJ:デジタル家電など、最終製品が半導体市場を牽引している。
熊谷:それで儲かっている状況ではない。まだ作っても儲からない状況なのではないか。流通も含めて、日本の半導体メーカーが利益を生み出すビジネスモデルがはっきりとした形になっていない。全般的にはSiサイクルのような単純なサイクルではなくなった。
SIJ:では新しいビジネスモデルとは?
熊谷:産業ごとに、一カ国で一社しか残らないと言われていたが、日本はほとんどの業種で、多少の整理統合はあれど、家電、鉄鋼、造船、それ以外の機械でも、複数メーカーが生き延びてきた。自動車産業を見れば分かる。生き残ったまま、とうとう世界一になった。半導体産業も同様、整理され潰れていくわけではない。日本でモノを造って勝つビジネスモデルを構築しなければならない。
SIJ:自動車産業がいい手本になる。
熊谷:単純に自動車産業のビジネスモデルを定義できるわけではない。一方でSEMIがサポートしている装置・材料分野をみると、日本は世界のリーダーとなった。FPD材料の市場シェアも高い。半導体メーカー、電子機器メーカー、通信機器も世界的に成功しているメーカーが多い。日本はモノ造りで最上流から最下流まで成熟した会社が揃っている唯一の地域だ。他の地域をみると、中国の場合は先端技術を持っていない。コストの安さや中国の現地需要は増加しているが、最終製品の提案力はまだなく、先端の材料・部品を供給する力もない。米国は、株主論理ばかり先走り、自信のないものはやらない、必要な技術は資金で調達し、製造は安い地域に持っていく。米国は、自国で商品化、自国で消費する仕組みとは少し異なる。日本だけは成熟した、日々成長する企業群が、半導体装置・材料関連でも健全な形で残っている。自動車産業に学ぶ以前に、半導体メーカーは半導体装置・材料メーカーがなぜ勝ったかを考えることで、十分に学べるのかもしれない。
SIJ:そこにはどのようなヒントが隠されているのか?
熊谷:ヒントが隠されているわけではない。意志決定の速さやトップのビジョンが明確に社員に示されている、などの経営学の教科書にのっている程度のものだろう。なかなかそれができない風土のようなものが今の半導体メーカーの悩みなのではないか。
SIJ:では、半導体製造装置市場は期待が持てる?
熊谷:日本の装置メーカーは海外展開にも積極的であり、市場は改善基調だ。見通しとしては期待のもてる方向だ。
SIJ:製造技術では90nmプロセスの量産が始まった。
熊谷:今は65nmに差し掛かかっている。技術革新そのものについては進んでいる。ITRSのロードマップを見ると、いつも数年先には技術の壁が立ちふさがっているが、時期が近づくとブレークスルーや迂回技術が現れる。私がこの業界に入った1994年には、0.25μmから先は、素子を形成できない障害が現れ、2005年にはCMOS技術は終わるとの声もあった。ところが、あれから10年、ITRSのロードマップの技術的な壁は2007年以降へとジリジリと後退し、Siベースの技術で45nmまでは確実となった。
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SIJ:半導体の開発負担は大きい。半導体メーカーは装置メーカーに技術開発を頼る方向にあるのか?
熊谷:私見では、100%半導体メーカーが開発を行うには負担が大きすぎる。しかし、完全に装置メーカーにプロセスを渡すこともないだろう。半導体メーカーが装置メーカーに頼るのはいいことだとは思わない。半導体ファウンドリとしてプロセスを揃えるということでは、そういうアプローチもある。IDMの中では、自社内製のプロセス技術、設計、そして製造されたデバイスの性能はかなり密接に関係しているので、それを捨ててしまうのは個人的にはさみしい。
SIJ:その中で日本の半導体メーカーは?
熊谷:日本の装置・材料メーカーは日本の半導体メーカーの先端プロセス開発への意欲に大きな期待を抱いている。過去、日本の半導体メーカーは新しい装置を世界で一番初めに導入し、技術革新のドライバーとなった。しかし、最近は開発負担が大きいため、なんでも一番というよりは、上手に造るという方向に変わった。日本の装置メーカーから見ると少し物足りないのではないだろうか。
SIJ:さらに開発負担のため競争は激しくなる。
熊谷:半導体メーカー、装置メーカーとも開発負担に応えられる資金力の差が、ますます浮き彫りになるだろう。必要な人、そして情報をタイムリーに集約できるかどうかに掛かってくる。
SIJ:45nmプロセス以降は大変だ。
熊谷:もし、45nmプロセスの採用と450mmウェーハ導入が重なると、とんでもない負担になる。45nmは、技術障壁で原理的に乗り越えられない壁があるのか、必要なリソースの問題なのかを考えると、後者の方が大きいという印象だ。45nmの技術に関しては楽観視している。開発投資と開発のサイクルタイムの要素の方が心配だ。
SIJ:もはや450mmウェーハ導入を検討しなければいけない時期なのか?
熊谷:話は出てきている。45nm世代というわけではない。どちらかというと採用される可能性の方が強いという程度の話だ。200mmから300mmより高い資金と手間がかかるので、この世代への移行では市場でメーカーの選別が起こる。差別化のために強力に推進するメーカーも出てくるかもしれない。SEMIとしては、無法地帯化は避けたい。なるべく円滑に合意に基づいた450mmへの移行を推進すべく、一肌も二肌も脱ごうと考えている。SEMI規格グループは450mmが大きなチャレンジになると考えている。
SIJ:注目する技術は?
熊谷:今は半導体といえばSiであるが、半導体でも異なるタイプに、異なる機能を持たせることができる。半導体をつくるために開発された技術がMEMSとして拡大することも考えられる。また、ナノテクノロジーとして半導体に取って代わるべき技術が包含されていく。SEMIとしては、今半導体関連で事業を展開している装置・材料メーカーを育成するのと同じくらいに、今後会員なり得るこれらMEMSやナノテクノロジーの技術を持つ企業を応援したい。これからの技術として注目し、SEMI会員として組織化していきたい。また、日本から発信された技術が早く商品として育ってもらいたい。日本発の技術をもっと見える形でプロモートしたい。
(聞き手:高橋 潤)
くまがい たかし
熊谷氏は、東京大学工学部を卒業後、日産自動車株式会社に入社、経営管理、エンジニアリング、品質管理など様々な職種を経験し、1991〜1994年には米国イリノイ州で北米日産フォークリフト会社 執行副社長を務めた。1994年、アプライド マテリアルズ ジャパンにCMP(Chemical Mechanical Polishing)装置のプロジェクト・マネージャとして入社し、1998年にCMP製品事業部長、その後、コーポレートオペレーション担当執行役員を務めた。2005年7月から現職。SEMIプレジデント兼CEO Stanley Myers氏の直属のSEMI職員となり、日本地区の全業務を統括している。

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