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■「やろう」という強い意志が必要
2005年11月号Editorial「半導体メーカーの凋落とエンジニア退職との関係」(http://www.sijapan.com/content/0511vol2/edit/edit_0511.html)を読ませていただきました。以下、私の思いを述べます。
新聞によりますと韓国Samsung Electronics社は2005年11月3日、中長期経営ビジョンを発表しました。それによると、デジタルロジックLSIなどを次世代の重点事業と位置付け、2010年に世界シェア首位の製品を現在の8品目から20品目以上に、売上高を2004年比2倍の11兆5000億円に引き上げる目標を示しました。必要な投資、すなわち金も使うとのことで、目標は実現しそうです。
DRAM とフラッシュメモリーは世界制覇を果たしたので、次はデジタルロジックLSIなどでも「やってやろう」と言うのがSamsungのポジションです。
英語で 「Where there is a will, thereis a way」という言葉があります。このような強い意志が日本の半導体産業にあれば大丈夫なのですが。その気になってR&Dに日本半導体は邁進すべきでしょう。
このような気概がない我が国半導体メーカーが凋落するのは明らかです。1986 年に我が国半導体メーカーは世界の頂点に立ち、あの米Intel社が日本に負けて、DRAM ビジネスを撤退しました。その時必要だったのは高らかな勝利宣言でした。「日の丸半導体は DRAM で世界を制覇しました。次は日本の基礎研究が勝利し、その発明に到ったフラッシュメモリーでやります」とは言いませんでした。
その代わり内心は、「もう大丈夫だ」と誤解し手を抜いてしまいました。この状態では秋の夕陽と同じでツルベ落しにならざるを得ません。強い意志が日本半導体にあったなら大丈夫だったのですが。凋落は、1986 年に始まっていたと言えそうです。
その間「日本に出来たのだからうちでも出来る」と思ったSamsungの頑張りは世界中が知ることとなりました。投資も重ねました。
一方、Intelはマイクロプロセッサ独占街道に賭けて成功しました。そして日本の学会発表をコピーしてフラッシュメモリーを実用化し量産に走りました。その間、日本は見ていただけでした。日本では経営陣の誰もがフラッシュの前途を見抜けませんでした。そして、日本のフラッシュの発明者は裁判を起こしています。
一方、エレクトロニクス国家擁立を目指した台湾は日本に協力を求めましたが、日本は冷たい態度をとりました。台湾だって必死だから米国で活躍中の同胞に力を求めTSMC構想を着想しスタートを切りました。ファウンドリと称する新しいビジネスモデルを日本では冷笑していました。曰く、「台湾で、うまく行くはずがない」と。
ところが予測に反して、TSMC構想は成功しました。この時、日本企業の一つが手を差し延べて、資本金49%プラス技術支援を実施していたら、今の日本半導体はこれほど凋落しませんでした。
さて、エンジニァ退職の問題は本質的な問題ですが、やりがいが全ての基本であると思います。やりがいがあれば人は去るどころか集まって来ます。日本全盛時に世界の学会で活躍した人材も集って来て育って大成した訳であります。すなわち80年代の全盛には因果関係があった訳です。
「Where there is a will, there is a way」と宣言してR&Dに注力すればトップクラスのエンジニア等の人材は集って来て健全な成果競争が起きます。このような状態を経営陣は作らなければなりません。Samsungは世界的な人材をアメリカからヘッドハントしました。日産自動車もヘッドハントして成功しました。ソニーも続いています。日本半導体メーカーにその気はあるのでしょうか?真剣に「やってやろう」思って欲しいです。 |
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(大和田 敦之、エイデム 代表取締役) |