ナノ・マイクロシステム創製技術
田畑研究室では、基板上に数百μmオーダーで自由曲面を有した三次元微細加工を施す技術として、独自のX線および紫外線を用いた移動マスク露光技術と加工シミュレーション技術の研究を行っている。同技術は、微細パターン側壁に抜き勾配を付与した射出成型用金型の作製などへの応用が可能である。また、マイクロからナノスケールの機能部品のアセンブル技術にも注目し、微細加工技術で作製したMEMSデバイスにナノスケールの機能部品をセルフアセンブルして新たな機能を実現する手法の開発を進めている。さらに独自の微細加工技術を応用した3軸加速度センサーなどの新規なMEMSの研究開発も進めている。
薄膜材料の評価・解析技術
ナノ・マイクロシステムの構造材料として用いられる厚さ数μm以下の薄膜材料やナノメートルオーダーの材料のヤング率、破壊強度、疲労などの機械的物性に関するデータは、MEMS技術の確立に必要不可欠である。材料のサイズが非常に小さくなると、強度や疲労を支配する要因も従来のマイクロスケールの材料とは異なることが予測されるため、独自に考案した疲労試験法を用いて種々の薄膜の機械的物性データを測定し、薄膜機械的物性データベースの構築と設計基準を確立するための研究を行っている。現在は雰囲気制御下におけるシリコンの疲労特性評価およびSWCNT(Single Wall Carbon NanoTube)の機械的物性評価技術の構築などを行っている。
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当たり前の技術としてMEMSが
使われるようになった時に産業は成熟する
京都大学 大学院工学研究科
マイクロエンジニアリング専攻
教授 田畑 修 氏
[2007年07月号]
右肩上がりで市場の拡大が見込まれるMEMS産業。しかし、その応用範囲は多種多様で、我々の生活にどういった影響をもたらすのかは見えにくい。MEMS業界が抱える課題点や今後の展望について、京都大学大学院工学研究科マイクロエンジニアリング専攻教授の田畑修氏に話を伺った。
田畑 修(たばた おさむ)
1981年、名古屋工業大学大学院修士課程を修了。1981年に豊田中央研究所に入社。1993年3月、工学博士(名古屋工業大学)。1996年に立命館大学理工学部機械工学科助教授に就任、2000年に同教授となる。2003年に京都大学大学院工学研究科機械工学専攻教授に就任、2005年から同研究科マイクロエンジニアリング専攻教授に就任、現在に至る。
田畑修:現在MEMSと呼ばれる研究分野に興味を持ったのは大学院の修士課程の時。当時、名古屋工業大学大学院計測工学専攻に在籍しており、共同研究先の名古屋大学環境医学研究所循環器部門にて心電図の情報処理の研究を行っていた。研究所の図書室で日本医用電子学会誌を読んでいたときに、神経線維束から活動電位を計測するためのシリコン製多孔能動電極チップを目にし、そのとき初めてシリコンの微細加工技術を知った。
もともと大学に入る頃から、生物と機械、工学と医学の境界領域に関わる学問に興味があり、それがきっかけとなって豊田中央研究所に入社、医療用のシリコンマイクロフロー(流量)センサーの研究を行った。その後、自動車用の加速度センサー、赤外線のイメージセンサー、イオン濃度センサーなどの研究に携わり、微細加工技術そのものや微細加工に使われる材料の研究などを行うようになった。
学生時代に読んだ医用電子学会誌からMEMS研究の道へ
田畑:研究室で行っているのは、大きく分けると三つ。三次元(厚さ)方向に自由度の高い微細加工を施すためのMEMS用微細加工技術、どうやってMEMSデバイスにナノレベルの機能部品を組み込んでいくかというアセンブル方法の確立、そして、薄膜材料の機械的物性の評価・解析技術の確立、に取り組んでいる(詳細はP61の囲み記事を参照)。
標準的な半導体の微細加工装置は、主に桂インテックセンターのナノ工学高等研究院、ベンチャービジネスラボラトリー、機械系専攻の共同利用設備を活用している。それ以外に、特殊な微細加工装置や評価・解析用の装置を研究室で独自に開発し、オリジナリティの高い研究を行なっている。
田畑:大学が果たすべき役割は三つある。ひとつは、次世代を担う研究者・技術者の育成。将来、大学あるいは企業においてMEMS技術をさらに高度化し、これを駆使して国際的な視野を持って社会に貢献できる研究開発を行なう人材を育てることは大学の使命である。二つ目は、MEMS産業が順調に成長するための産業界・社会へのサポート活動。MEMS産業を支えている企業あるいは参入を考えている企業の研究開発を支援する産業界へのサポート、および学会・学会誌の企画・運営、教科書・ハンドブックなどの執筆や編修、国際会議、国内会議、シンポジウムの企画・運営などの社会へのサポートも重要である。三つ目は、10年後あるいは15年後に重要になる技術シーズを創り、それを育てて大きな「流れ」にすべく地道な研究開発を続けること。これはすぐには使い物にならないリスクの高い研究であり、大学が果たすべき最も重要な役割である。MEMSは、1970年代頃から米国などで研究開発が開始され、最近になってようやく日の目を見るようになってきた。大きな流れとなる新しい技術には、必ずその「源」の研究を地道に続けてきた人たちがいる。10年後に大きな流れになる源流が今もどこかにあるはずであり、大学にはそういった源流を作り出す研究を行うことが求められている。ただ、源流は追い求めていっても消えてしまう可能性もある。しかし伏流水となってどこかで再び大河の源流となるかもしれない。すでに主流になっているところをサポートしているだけでは大学の存在価値はないと思う。
SIJ:MEMSは我々の生活にどういった影響をもたらすか見えにくい。
田畑:そもそもMEMSは、技術としても応用としても明確な定義がない。その解釈は人それぞれともいえる。それゆえ、MEMSそのものが捉えにくい側面がある。また、例えば半導体デバイスがパーソナルコンピュータ(PC)の中に入っているということは広く人々に認知されている。PC以外にも自動車や家電製品などあらゆる電子機器に使われており、我々の生活を支えている。MEMSには半導体でいうところのPCのように多くの人が明確に認知できるようなアプリケーションがない。今では半導体と同様に自動車や携帯電話などにも広く使われるようになってきているが、一般の人々にはどの製品にどういったMEMS技術が使用されているかということは認識しにくい。しかし、ことさらMEMSを使っていることを喧伝する必要はないと思う。今後も我々の生活の中の幅広い分野で、当たり前の技術としてMEMSが使用されるようになっていくべきであるし、そうなって欲しい。
SIJ:製造技術における課題は。
田畑:さまざまな課題が山積している。例えば、MEMS製造で一般的に使われている深堀エッチング技術は、単に高いアスペクト比が得られるということだけでなく、最近では加工速度のさらなる高速化が求められてきている。また、コスト面では、パッケージングやチップレベルの高密度実装などの課題もある。LSIに代表されるシリコン半導体では同一の構造を積層することで高密度化が達成できるが、MEMSの高密度化は多彩なプロセスで作製した多用な構造、多様な材料から構成されるMEMS要素を積層化・ハイブリッド化する必要がある。これもMEMSデバイスの製造における今後の課題である。
SIJ:パッケージング技術が低コスト化の鍵を握っている。
田畑:例えば、加速度センサーは、おもりとそれを支えるばねで構成されているが、センサーの感度をより高いものにしようとすると、ばねを繊細にして柔らかくする必要があり、その構造は壊れやすく、脆弱になる。それゆえ外的ショックの影響を受けやすくなり、パッケージングの際の扱いなどが非常に困難になる。また、コストパフォーマンスにおいてもパッケージングは重要である。加速度センサーや圧力センサーなどは、デバイス作製コストの2/3以上がパッケージングに費やされているといわれる。そのため、トータルでデバイスコストを低減するためには、コストの大部分を占めるパッケージングコストをいかにして削減するかが重要になってくる。こうした問題解決のため、最近では大学の研究機関などでウェーハレベルパッケージング(WLP)実現のための取り組みも行われるようになってきている。
SIJ:MEMSに用いられる材料も多様化してきている。
田畑:最近のMEMS技術には三つの流れがある。その一つが材料の多様化である。材料が多様化してきたことで、それぞれ異なるプロセス技術を必要とする多様な材料をうまくインテグレーションすることが重要となってきている。もう一つの流れはコンポーネントの微細化である。トップダウンあるいはボトムアップなど種々提案されている微細加工手法をどのように駆使してナノレベルの微細加工を施したコンポーネントをMEMSに組み込むかという課題がある。
また、そもそもMEMSは機械と電気の融合であったが、最近では化学的な現象もMEMSで扱うようになってきている。そのため、微小領域で多くの物理・化学現象が複雑に相互作用しているMEMSを設計し、特性を予測し、設計通りに動作するか検証する手法の確立も重要な課題の一つである。
開発期間の短縮やコスト低減を実現しなければMEMSを産業化できない
田畑:MEMS技術の標準化やロードマップを作成することは必要だろう。ただ、進むべきベクトルが同一方向の半導体業界とは異なり、MEMSには多様なアプリケーションが存在し、それぞれが異なる基盤技術を用いているために全体のロードマップが描きにくい。しかし、ある目標仕様が示された時に、どの原理を用いて、どういった構造を採用し、どの材料を使用して、どの微細加工法でデバイスを作製するかの最適なアプローチの組み合わせを示すことができるようにMEMS技術を体系化し、開発期間の短縮、コストの低減といったことを実現しなければMEMSを産業化することはできない。
MEMSは既存の多くの分野のような「Analysis(解析)」の学問ではなく、「Synthesis(統合)」の学問である。そのためにも、全体が見えるようにMEMS技術を体系化し、最適なアプローチでMEMSを実現する方法論を確立する必要があり、これも我々の役割だと思っている。今後MEMSを含むナノシステム実現に関わる我々に課せられた重要な課題は、ナノシステム構築のための知識を体系化しSynthesisするための方法論(SENS:Synthetic Engineering for Nano System)を確立することであると考えている。
SIJ:ビジネスとして発展させていくための課題は。
田畑:MEMSに参入しようとする企業は多いが、やろうとしていることはどこも似ている。マイクロミラーやジャイロなど、すでに市場があるところで他社よりもコストパフォーマンスの高い製品の開発を目指すケースが多い。もしくは、アイディアを持たずに「何かないか」と訪ねてくる企業で二極化されている。大企業は、市場規模が大きく、低価格で量産可能なデバイスにのみ興味を示す。ユニークで希少なデバイスを開発しようとするならば、独自の技術を持った中小の企業が連携して力を発揮することが必要だろう。MEMS産業の裾野を広げるためにも、中小企業が連合できる体制づくりは必要であり、彼らが活躍できるような環境を整備することが求められている。
日本では若い人、新しい人が出てこないのが心配である
SIJ:今や日本だけでなく世界中で研究開発が行われている。
田畑:多くの国でMEMSの研究開発が行われている。米国や欧州をはじめ、韓国、台湾、中国、シンガポールなどのアジア地域でも研究開発が盛んに行われるようになってきている。いつまでもアジアにおいても日本がMEMSでトップの座を守れる保証はない。
MEMSの国際的な学会などでの発表件数は、いつも米国がトップで、日本が2番目という状況である。心配なのは、発表件数の差よりも、米国では次から次に新しい人がでてくるということ。米国などは研究開発のためのインフラが整備されており、国際学会などでも次々に若い人材がでてきて新たな発表をするなど勢いがあると感じる。日本からの研究発表は質も高く、学会での採択率は高いが、発表者の顔ぶれがそれほど変わらない。次世代を担う新しい若い研究者を育て、彼らが活躍できるように支援する環境を整える必要がある。
SIJ:今後、市場の拡大が期待されるアプリケーションは。
田畑:デバイスの低価格化や小型化がさらに進めば、加速度センサーやジャイロなどの適用範囲はますます広がっていくだろう。また、携帯電話などに採用されつつあるマイクロフォンなどは、生活環境のいたるところに設置され、それらから得られた音声情報を総合的に処理して多様な情報を得ることができる総合情報処理システムの入力装置といったことにも将来的には応用できる可能性がある。
さらには、イオン濃度、ガス濃度、化学物質の検知など、既存の分析機器では不可能であった物性を測定できる環境センサーなどが登場する可能性がある。あるいは、所望の微生物を選別できるようなバイオテクノロジーとナノテクノロジーが融合したマイクロシステムなどもこれまでにないアプリケーションとして期待される。
いずれにしても、MEMSは何かの目的を達成するためのツールであり、他の競合する手法を含めた選択肢の一つとして誰もが必要に応じて使える当たり前の技術にならなければいけない。MEMS技術を使っていることがニュースになるうちは、MEMSは「本物」ではない。誰もが自由に使えるような技術になったときに産業が成熟したといえる。MEMSに関わる大学、産業界が一丸となって、早くそのレベルまで引き上げることが大事である。
(聞き手:鉄井 亮一)
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