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60年前のクリスマスイブに
[2007年12月号]
米ベル電話研究所でトランジスタが発明されてから、ちょうど60年経過した。人間でいえば還暦に当たる。この間、トランジスタは目覚しい発展をとげたが、これとは対照的に、世界最高レベルだったベル研自体は、基礎研究の表舞台から消え去った。トランジスタ発明に向けて活躍した研究者達もみな黄泉の国へと旅立ってしまった。世紀の大発明も、過去の忘却のかなたへと消え去ろうとしている。
クリスマスイブの贈り物
今からちょうど60年前の1947年の暮れも押し迫った12月23日(火曜日)の午後のこと、ベル研究所で2人の研究者、J. Bardeen氏とW. H. Brattain氏が誕生したばかりの点接触型トランジスタを研究所幹部に見せていた。トランジスタとはいっても、Geの大きな板の上に金線の針が2本接触しているだけの単純な構造で、小学生の夏休みの宿題のような代物だった。2人の上司は、「本当に増幅作用を確認したのかね?ただ単にインピーダンスがマッチングしただけではないの? 発振器を作ることが出来れば、増幅作用の動かぬ証拠になるんだがね」と少々不満げに説明を聞いていた。その時の様子は、Brattainが翌日の12月24日に研究日誌に書き込み、それが今でも残っている。
「Brattainのクリスマスイブの記録」として有名であるが、前日の上司へのデモの記述に続き、次のような文で終わっている。
「12月24日に発信機が組み立てられ、そして実際に発振した」。
「Brattainのクリスマスイブの記録」として有名であるが、前日の上司へのデモの記述に続き、次のような文で終わっている。
「12月24日に発信機が組み立てられ、そして実際に発振した」。
Shockleyの心の葛藤
しかし、トランジスタの発明者3人の中でもっとも有名なWilliam Bradford. Shockley氏はこの点接触型トランジスタの誕生の瞬間に居合わせなかた。この件を、彼は回顧録の中で次のように述べている。1)「点接触型トランジスタの誕生は、研究グループ全体へのすばらしいクリスマスプレゼントとなった。もちろん、わたしもその喜びにあずかった。しかし、私の心には葛藤があった。私は発明者ではなかったのだ。だから、手放しでは喜べなかった。私は8年以上も前から人一倍努力し続けてきたにもかかわらず、自分自身の手でこの重要な発明を行えなかった。そのため、要求不満に陥ってしまった」。
この要求不満がばねとなって、Shockleyは一人だけで猛烈に思考実験を繰り替えし、翌1948年6月28日に、現在広く使われているバイポーラトランジスタの原型ともいうべき接合型トランジスタの特許出願を単独で果たした。Shockleyの1947年12月24日から1ヶ月間の研究ノートの書き込み量は、彼の生涯の中でピークに達し, 彼のこの執念は、今でも語り草になっている。当時、Shockleyの友人たちは、彼に「パーシスタ(Persistor)と命名するといいよ。」と冗談を言っていた。1)
この要求不満がばねとなって、Shockleyは一人だけで猛烈に思考実験を繰り替えし、翌1948年6月28日に、現在広く使われているバイポーラトランジスタの原型ともいうべき接合型トランジスタの特許出願を単独で果たした。Shockleyの1947年12月24日から1ヶ月間の研究ノートの書き込み量は、彼の生涯の中でピークに達し, 彼のこの執念は、今でも語り草になっている。当時、Shockleyの友人たちは、彼に「パーシスタ(Persistor)と命名するといいよ。」と冗談を言っていた。1)
来る日も来る日も失敗の連続
実際にこの接合型トランジスタの動作を実験で確認できたのは、特許出願より2年半以上あとの1951年のことだ。それまで、毎日が失敗の連続だった。でも、決してあきらめることなく、悪戦苦闘を続けた。彼の粘り強さ(persistence)のすごさが伺える。
当時、ベル電話研究所では、電話交換機に使われてきた信頼性の低い金属の接触(コンタクト)を電子デバイスで置き換えることを最終目標にして、固体表面物性の研究が精力的に行われていた。そして、トランジスタは「失敗に失敗を重ねた極めて計画的な実験の過程で全く偶然に誕生」した。
そこには、10年以上におよぶ極めて人間くさい喜びと不満との葛藤のドラマがあった。トランジスタの発明により1956年にノーベル賞を受賞した3人とも過去の人になってしまった現在、60年前のクリスマスイブ前後に起きた一連の「事件」の真相は、もう誰にもわからない。
当時、ベル電話研究所では、電話交換機に使われてきた信頼性の低い金属の接触(コンタクト)を電子デバイスで置き換えることを最終目標にして、固体表面物性の研究が精力的に行われていた。そして、トランジスタは「失敗に失敗を重ねた極めて計画的な実験の過程で全く偶然に誕生」した。
そこには、10年以上におよぶ極めて人間くさい喜びと不満との葛藤のドラマがあった。トランジスタの発明により1956年にノーベル賞を受賞した3人とも過去の人になってしまった現在、60年前のクリスマスイブ前後に起きた一連の「事件」の真相は、もう誰にもわからない。
参考文献
1.W. Shockley: “The path to the Conception of the Junction transistor,” IEEE Trans. Electron Devices, ED-23, pp.597-620 (1976).
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